この数日、中川氏と同様に体調不良で苦しんでいた。
台風がくるために気圧が低いせいかとも思っていたのだが、どうもそれだけではないような気もしていた。
人は、気圧の変化に体調を左右されやすい。
特に、持病があったり、持病と言うほどでなくても、弱いところがあると、
その変化を感じるのは顕著。
中川氏の体調不良もある種、そういう要因からも影響を受けているに違いないと思っている。
持病の悪化も、薬やお酒だけでなく、
長年のつもり重なった物と、そして、そういうことの引き金になるのが低気圧というやつである。
勢力の大きい台風や最近も大きな地震が世の中では起きているし、何らかの電磁波などの影響もあるんだと思う。
話はそれたが、本題である。
中川氏の生涯をいろいろなニュースで飾っているけれど、いまひとつ確信とした物がなかった。
ただ、阿比留さんが書いた記事の中にあった言葉に、この方の生き方の底辺に流れている感情が透けて見えたのであった。
このことは、どこかに書かれているようでいて、きっとかかれていないだろうと、
中川氏の名誉を守る上で、またその生涯を賛美する意味でも、本来省いてはいけないことのように感じて、
少しちっぽけな使命感さえ感じてこのエントリを書いている。
前置きが長くなったが、阿比留さんの記事によると、中川氏は、生前
「おれは子供には『おれがいつか襲われて殺されても驚くな』と言い聞かせてあるんだ」と、仰っていたと言う。
その言葉を最初は何の気なしに読み飛ばしていたのだが、ふと、思うところあって気になった。
中川氏の生涯は、新生保守の代表のように言われる輝かしい部分と、酒に溺れた情けない部分とに分けられることが多いようだ。
では、なぜ酒に溺れるのかという点である。
その点をはずして、中川氏の生涯は語れないと思ったのだった。
多くのコメンテーターや評論家、同業者は、共に誰もが『繊細な人だった』とか『まじめな人だったから・・』という言葉で片付けられている。
繊細でまじめだからと言って、酒におぼれるとか酒に逃げると言うのは、
少しおかしな理論だ。
その後は、きっと放送上やばいんだろうとも思う。
中川氏と言えば、父親の中川一郎さんである。
中川一郎さんが死んだというニュースがあった時、まだ子供だったが、
何故か強烈な印象があった。
自殺だということだったが、闇の組織に殺されたのかもしれないなどなど、憶測が飛び交ったことは、
誰もが忘れないだろう。
そこに、中川氏の生き方が大きく急転していったのだ。
もちろん、それをきっかけに政治の世界に入ったわけだが、その後の人生において、
やっぱりお父さんの死が、
単なる自殺ではないということを知っているからこそ、
子どもさんへの言葉で、
「おれは子供には『おれがいつか襲われて殺されても驚くな』と言い聞かせてあるんだ」
と言ったんだろうと思えるのだ。
そういう恐怖を知っているからこそ、また、
それで悲しみを味わったからこそ、そう言っていたんだろうと感じた。
それに、中川氏の取組んでいた政策の中には、
命に関わるような仕事もたくさんあったんだろうしね。
政治家としてまっとうに、真面目に取組んで行けば行くほど、命と引き換えになるようなことも多いことを知っていて、いつもお父さんの生涯が頭から離れることなく、
いつ襲われるとは知れない恐怖を感じて生きてきたからこそ、その恐怖から逃れるためのお酒だったんだと思う。
彼が、中途半端な政策しか取組んでいなければそういうことも思わずに済んだのであろうが、ことさら世の中のために必死に取組むがために、どうしても心に、脳裏によぎる悪夢がいつも追いかけてきていたんだろうと思えたのであった。
そして、あの、金融サミットでその標的にされてしまった。
日頃から、見えない敵を感じている生涯において、
あの恐怖体験は、衝撃的であったに違いない。
まともな人は誰もが、何か理由があって仕組まれたことのように感じただろう。
それが無ければ、あの後の衰退も、恐怖が追いかけてくるトラウマで悩まされて寝られなかったんだろうと思う。
次は、命を取られるんじゃないか・・・という恐怖が真剣に取組もうとすればするほど、追いかけてきたんだろうと。
そうでなければ、志しの高い方があそこまで崩れるはずがないのである。
日頃から子どもさんに語っていたという言葉で、いつも自分なりに覚悟を決めていても、奮い立つ恐怖がお父さんの死と連想されてどうしても眠れず、恐怖から睡眠薬も増え、悪循環になっていったんだろう。
恐らく、この心の動きに間違いはないだろうと思っている。
それだけ、国民のために真剣に生きて、
しかも見えない恐怖といつも隣り合わせの精神面を平静に保っていくことは、さぞかし大変なことだっただろう。
それを思うと、G7の時の事件は、どんなに悔しく辛かっただろうか。
単なる酒での問題ではないはずと、擁護してあげたい。
恐怖を抱えつつも、国民のためにいつも必死に生きた中川氏には、その苦しむ人生も、もう充分だったようにも思えるのである。
命やプライドを張ってまで国民のためにがんばった人生をわたしたちは忘れてはならないと思う。
この思いを感じてから、わたしの鼻柱に出来ていた中川さんの傷と同じ位置の吹き出物は、不思議とスッと治り始め、いつもより辛い体調は回復に向かい始めたので、何だか不思議に思っている。
わたしは、霊感などないと思っているのだが、何か世の中に伝えて欲しいと言う故人の思いが、こうして伝わってきたのだろうか・・・とも。
まあ、そんなことは、どうでもいいのだ。
とにかく、中川さんの死を1つの決起としてムダにしないように志を忘れずに取組んで行きたいなあと思っている次第である。


by jirokoujiuji
これからの生き方を有意義にす…